2008年11月 アーカイブ

フキノトウ
2008年11月27日
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フキノトウはフキの花茎(花をつける茎)。フキは地中の根茎に養分を蓄え越冬する。
その根茎を地中に伸ばして繁殖し、早春、地上に葉を展開するのに先だって出てくるのがフキノトウだ(日本大百科全書)。
地道に養分を蓄える姿は人目には触れない。しかし、真っ先に、皆に春の訪れを告げる明るさを忘れない草。地域で皆の幸福のためにと活動する創価の友は、まさにフキノトウのよう。いよいよ春本番。生き生きと成長し、友をますます明るく励ましたい。
(聖教新聞石川版から転載)

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こも掛け
2008年11月27日
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長町武家屋敷の"こも掛け"は兼六園の雪吊りと並び、金沢の冬の風物詩の一つ。
冬が来るころ、わらで編んだ"こも"を屋敷の土塀に吊り、雪囲いをする。
昔、土壁はもろく、水が染み込み凍結すると、ひび割れたり、壁が傷んだりした。
雪や霜から壁を守り、それを防ぐために"こも"を掛ける。
"こも"は風景に調和し、決して目立たないが、ひた向きに土塀を守る存在だ。

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門前の琴ケ浜
2008年11月27日
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「鳴り砂(鳴き砂)」で有名な輪島市門前町の琴ケ浜。美しい砂浜だ。
鳴り砂は、混ざっている「石英」という鉱物の粒がこすれ合って音を出す。
石英は1億5千万年以上前にできたという花こう岩に含まれ、それが川を下って日本海へ。そして、荒波に洗われて陸へと戻り、「キュッキュッ」とか「クックッ」とかいう不思議な音を出す鳴り砂に。ただし、少しでも汚れると音は鳴らないそうだ。
海岸で何気なく踏んでいた砂にも、そんな成り立ちが。自然で、ありふれた存在も、日ごろは目を向けないだけで、深い歴史と特長を持っているものだ。
(聖教新聞石川版から転載)

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新緑の兼六園
2008年11月27日
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新緑もえる兼六園。八重桜、松、ショウブ、ツツジ――。
若々しい初夏のにおいがしていた。
草花が皆、個性的に咲き香り、競っていた。
それが、見事に和音をなし、来る人を楽しませる。
古来、中国では、美しく花を咲かせ、実をつけることで、自然と周りに人を集める木は、優れた人格の象徴とされた。
「『あの心、あの生き方に感動する』――そのように人格を慕われて、おのずから広布の道ができていくのである」と池田名誉会長。
私たちも日々、自分を磨き、麗しい友情の輪を広げていきたい。
(聖教新聞石川版から転載)

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金沢城の石垣
2008年11月26日
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梅雨の雨に打たれ、金沢城の石垣は美しく輝く。
穴生(あのう)と呼ばれる石垣の職人をはじめ、
何百人もの人足の手によって、長い年月をかけ地道に築かれた石垣。
風雪に耐え、何百回もの冬を越えて、今もその威厳と風格を増している。
池田名誉会長はかつて、こう語った。
「私どもの日々の行動は、地味かもしれない。しかし、その一つ一つが、
万年の『民衆の宮殿』を築いている。そして自身の『生命の宮殿』を建設し、
立派に荘厳しているのである」と。
一つ一つの積み重ねにより、より強固さを増す石垣。
「自他ともの幸福のために」と地道に行動するなかにこそ、
自身が成長し、強くなれる。そこに最高の人生がある。
(聖教新聞石川版から転載)

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珠洲・大谷川の鯉のぼり
2008年11月26日
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町で見かけなくなった鯉(こい)のぼりが、珠洲の大谷川に集まったようなにぎわい。
表情豊かに話しかけてくるようだ。
鯉は滝を登って竜になると言われ、栄えの象徴とされる。中国の故事に「竜門の滝」と。日蓮大聖人はこの故事を引かれて、成仏の難しさをご教示されている。
かつて先輩が「人生にも三つの坂がある」と教えてくれた。
上り坂、下り坂、そして"まさか!"。
ユーモアを交えて、苦難や名聞名利にも左右されない強さを持てと。
鯉は生命力の象徴とも。大切なのは、目標に向かって粘り強く向上し続ける姿勢なのだ!と鯉も話しているのだろうか。
(聖教新聞石川版から転載)

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五十間長屋
2008年11月26日
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青空に映えると一層美しい金沢城の五十間長屋。櫓の一部には、樹齢約250年の奈良県吉野産のヒノキが使われたという。
北國新聞に「250年前に今日のヒノキの需要を見込んで美林を育てた大和・吉野の人々のおかげである」との賛辞が添えられていた。
30年前、池田名誉会長は語った。「自分自身が花を咲かせようという気持ちでなくして、世界に平和という妙法の種をまいて、その尊い一生を終わってください。私もそうします」。
平和を希求する人々の心を思い、無私の労作業に励んできた学会。
その歴史を、師と共に滔々と刻める毎日が最高の誇りだ。
(聖教新聞石川版から転載)

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